私は操車場のある駅や終点の駅が好きだ。

終点の駅に降り立ち、電車の車止めのコンクリートブロックのような物を見ると、感傷的になってしまう。

ここが旅の終わりなのだと。

終点の駅の町も何となく物悲しい雰囲気を漂わせている。

何となく白っぽい街並み。広すぎるぐらいの駅前広場。

そこから海が見えたり、こんもりした山の中という感じがしたら、目頭が熱くなる様な感傷にひたり、そんな役柄の演技をしなくてはと思ってしまう。

ものは考えようで終点の駅は始発の駅でもあるのだ。

「終着駅は始発駅」という演歌もある。

でもマイナーな考えが得意な、好きな私は「旅の終わりに」の演歌になってしまう。

操車場のある風景も私の好きな風景の一つである。

子供の頃に住んでいた町(本当は村)の隣町の駅に大きな操車場があった。

国鉄の時代である。

引込み線が多くある大きな大きな黒い建物。

その建物の中に身体を休める列車が幾つも泊まっていた。

環状腺の森之宮や新幹線が多く止められている鳥飼のような雨ざらしの操車場ではない。

あくまでも黒い大きな操車場ではなくてはならない。

子供時代に見た操車場は心象風景として死ぬまで心に残るであろうなと思っている。

隣の町に大きな操車場があったが、私の最寄り駅の空き地には高く積みされた石炭の山があった。

そして黒い枕木が数多く積まれていた。

今の時期、黒い石炭や黒い枕木の上に白い雪が多く積もっていた。

涙が出てきそうな子供の頃の思い出である。