木曜日

最初のお客さんはTちゃん。今日もR(淫宿)帰り。

今日もRではあんまり良いことはなかったようです。

HIさん、スナック〇に行ってから来店。

店に来るなり「トイレ貸してね。〇のトイレは汚いから入るの嫌なの」と言って、トイレに入りました。

 

Hちゃん、スカッとした顔して来店。

「今日は登ったり下りたりして来ました。登山をして来ました」と。

つまりRに行って来たと発言。

Hちゃんは(高齢の)両親を一昨年、相次いで亡くしました。

Hちゃんに「Tちゃんのお母さんが亡くなったよ。Tちゃんは淋しがっていたよ」と伝えたら、Hちゃんの目に涙がウルウル。

HちゃんはTちゃんの淋しい気持ちがよく分かるそうです。

「もっと、尽くして(親孝行をして)上げたかった」そうです。

「歳いくと涙もろくなるよね」と岡ちゃんが言ったら、Hちゃんが言いました。

「テレビでやっていたよ。歳がいって涙もろくなるのは、歳がいって目から鼻への管(鼻涙管)が詰まるからだそうだよ」と。

近年、お母さんを亡くした人(店のお客さん)がいっぱいいます。

長年、介護をしてきた上で母親を亡くした人達の中でも考え方に2通りあります。

「(介護を)やるだけのことはやって上げたから後悔はない」とお母さんを見送った人達と、「介護をしながらも、もっともっと、して上げれたのではないか?」と後悔しながら淋しく思っている人達。

どちらにしても、みんなは親孝行だなと、私は思っています。

私の場合、20才から両親と離れて暮らしていたので、母親が亡くなった時(享年74才)は“あ〜、死んだのか。歳の順番だな”と、冷めた感じで母親を見送りました。

私は兄弟2人。たった1人の兄が52才で急死(心筋梗塞)した時に母はすごく悲しんでいました。それを見ているので、母が私より先に死んでくれて本当は(少し)ほっとしたのも事実です。その反面、親孝行をしなかった私は、心の中で“ごめんね”と手を合わせています。

両親が死んでも涙を流さなかった私ですが、生き方が下手な、世渡り下手な兄が死んだ時は、静かに天に昇る焼き場の煙を見ながら(誰にも見られないようにして)ポロポロ涙を流しました。

思い出しても・・涙。

Yさんの来店。YさんもR帰り。

Yさんもお母さんとの2人暮らし。

今年、お母さんは米寿。みんなでお祝いをするそうです。

お母さんに「今年は幾つになる?」と質問すると、「幾つになるかな?」と、言うそうです。

質問を重ねていって、やっと自分の歳に気付くそうです。

Yさんはすごくお母さんを大事にしているようです。

HAちゃんの来店。

娘が孫(3才男の子)を連れて里帰りしていたそうです。

今日、娘と孫が帰るので伊丹飛行場まで見送ってから、来店。

孫が帰って、ホッとした反面、淋しいそうです。

HAちゃんは男5人兄弟の長男だそうです。

91才になるお母さんは、次男夫婦(姫路)が看てくれているそうです。

お母さんに会いに行っても、HAちゃんの顔を見て「どちら様でしょうか?」と、言う様になったそうです。

HAちゃんは今、奥さんと奥さんの母親の3人暮らしだそうです。

口うるさい義母(83才)が家を取り仕切り、HAちゃんはサザエさんの家のマスオさん状態だそうです。

食事をした後、直ぐに自分の部屋に閉じこもりテレビを見たり、パソコンをする状態だそうです。

「自分の家なのに」と、HAちゃんは言っていました。

HAちゃんは、面白おかしく色いろのことを話してくれました。