今日、なすを甘辛く煮ようとしたら、濃口醤油が切れていました。 仕方がないので、薄口醤油で煮ました。
テレビを見ていたら、煮詰まって焦げる寸前でした。
見た目は悪いけれど、美味しそうにできました。
ということで、午後6時頃、スーパーに行きました。
キッコーマン醤油がバーゲンで1ℓ、158円。
隣りを見ると、ライフのマークが付いた濃口醤油が1ℓ、88円。
どっちにしようか?と、思案した結果、キッコーマンにしました。
店内を回っていてふと、鏡を見ると、不細工な服装の自分の姿が。
ちょっと襟を直してつくろってみましたが、不細工なまんまでした。
もうちょっと増しな格好をしなくてはと、反省をしました。
明日、近畿地方は梅雨に入るらしいです。
大雨と一緒に台風も来るらしいです。
台風は、17.2m/s以上になると台風だそうです。
m/sは、メートル毎秒で、秒速のことだとか。
今日の歩数は、1.408歩で、1.0km。
今日の出費
ライフ (濃い口醤油・牛乳・生の塩サバ・弁当) 876円
明日は家で大人しくしていましょう。
良いことがありますように。
今日も投稿、ありがとうございました。
新世界のYちゃんは鍼灸の資格は持っていません。
それよりもーちゃん、また遊びに来ませんか。
待っています。 面白い話を聞かせて下さい。
お土産は、あのラ王の中華冷麺を3個です。
私が、キュウリや、ハムや、紅ショウガ、錦糸卵、椎茸をトッピングしますから、2人で仲良く食べましょう。
「かけふの履歴書」
「かけふの履歴書」を書き始めたのは6月14日です。
その時の内容は・・・
旧阪神サウナでYと言う男に声を掛けられ、新世界にあったSMスナック「橋」に連れて行かれました。
そこで、ゲイの世界、SMの世界を知り、有頂天に。
SMショーにも出、後に、六尺一本で、店も手伝いました。
・・・でした。
「橋」ですが、40年前は木造2階建てで、1階部分がスナックでした。
建物の右横にもう一つの入り口があり、入った所に風呂があり、階段を上がると2間のプレールーム。
奥の部屋には天井から滑車が釣られ、壁には各種の縄が掛けられていました。
2階でSMプレー、もしくはホモセックスをして、泊まる人もいました。
多分、飲み代には、2階の部屋の使用料などが含まれていたと、思います。
私は、マスターに勧められて多くの人とプレーをしたと思いますが、その時は、飲み代や、部屋代は請求されませんでした。
お客さんも、ちょっと個性的な人や、インテリ風の人が多かったです。
マスターは、早く言えばプロのSだったので、大阪を始め、地方からもマスター目当てにMのお客さんが来ていました。
ここのお客さん達もジョークで、色んな役割、分担がありました。
例えば、なべさんは開発公社と云うあだ名でした。
なぜ、開発公社か?
スナックに始めて来た若い子を誘い、受けの出来ない子のお尻を開発して、受けにするのが彼の仕事だったからです。
受けの出来ない人がもし、40年前になべさんに会っていたら、時間を掛けて立派な受けにしてもらえたでしょうね。
70才になっても、80才になっても、快感が得られる受けに。
ちなみに、このなべさんは、天皇陛下から勲章をもらった人だとか。 なんの功績でかは、聞きませんでしたが。
スナック橋には、もう1軒、店がありました。
南の坂町で、同じ「橋」という名の店です。
両方ともKさんの店です。
今のJRA(日本中央競馬会)のウインズ道頓堀の南の筋にありました。
ここのマスターは、本名はTさん、通称名はAさんと言う背骨が曲がった人でした。
店は地下1階の奥で、壁には、縄や、鞭や、諸々のSM道具がぶら下げられていました。
坂町の橋のマスターであるAさんは、滅茶苦茶、話の上手な人でした。
「戦争中、橋の上から街を見ていると、焼夷弾がいっぱい落とされ、その無数の光は花火のようで美しかった」と、とか。
また、Aさんが17、8才の頃(戦後間もない頃)、動物園の広場の辺りで、傘をさして地面にしゃがんでいると、「ぼく、ぼく、お小遣い上げるから一緒に遊ぼう」と帰還兵に声を掛けられ、金をもらっていたそうです。
早い話が、帰還兵相手に春を売っていたようです。
Aさんは体が小さいので、当時は少年に見えたのだと思います。
Aさんの昔話を、面白おかしく話してくれたので、聞いている私達は笑いっ放しでした。
40年前と言えば、新世界界隈は終戦当時の闇市の様な雑多な雰囲気がまだ、漂っていました。
仕事にあぶれた日雇い労務者が街にあふれ、パチンコをする人達、朝から酒を飲む人達でいっぱいでした。
街にネオンの明かりが点く頃になると、女装をした男娼が街角の暗がりに立っていました。
坂町の橋で、客が私一人だった時、「始めてです」と言って、若い子が来ました。
どう見ても、SM未経験でMに見える子だったので、まだまだ初心者だった私が相手をしました。
その子を真っ裸にして縄で縛り、カウンターの下の床に転がしました。
そして、その子のペニスを足の指で、もてあそんだり、口にウイスキーをふくみ、霧吹きみたいにその子の体に吹きかけてやりました。
はたして、私にいたぶられて、その子が喜んでいたかどうかは定かでありませんが。
まー兎も角、怪しい雰囲気のスナック橋でした。
ここの店を通して、他の店「白扇」とかにも連れて行ってもらいました。
日舞の人(夫婦)が経営しているスナックでした。
その頃は今と違って、1軒1軒のスナックが個性豊かでした。
つづく
今日は、考え、考え、「かけふの履歴書」を書きましたが、内容を、理解してもらえましたでしょうか。
何か、自分で言うのも可笑しいですが、おぼつかない文章になっている気がします。
G20のテロ対策 臨時交通規制 に NHKニュース