最近の私の手料理は手抜き料理の極みです。
例えば、甘長ししとう3本の場合、洗って、それぞれを3つに切り1分半、レンチンするだけ。 味付けはなし。
葉物の場合は、水洗いをして2分半から3分半レンチンをするだけ。
あく抜きをする物は水に漬けてあく抜き。
醤油を掛けるなり、そのまま食べるなりの状態。
確かにて手抜きの極みですが、素材本来の味が味わえ、結構、美味しいと私は思っています。 お確かめあれ、って感じかな。
9月7日(火)の夕刊の4面に「穂村弘の蛸足ノート」、「コーヒーの中が不安だ」のコラムが載っていました。
穂村氏自身の心配症の話で、若い頃、郵便物を持って家を出てポストに投函。
これはこれで良いのですが穂村氏は投函したことに確信を持てなくてポストの周りをうろうろ。
これを何回も繰り返していたそうです。
最近では、仕事の合間に珈琲をいれ少し飲み、色々の用事を済ませて再度、冷めた珈琲を飲む時、心配症が出て来るそうです。
この珈琲に、ひょっとしてGの虫(コラムのまま)が入っているのではないかと不安になるそうです。
そこで穂村氏は、もう1個、カップを持って来て珈琲を移し替えてGがいないことを確かめてから残りの珈琲を飲んでいるそうです。
今までにGは入っていたことは1度もないそうですが。
コラムですから、多少の誇張(こちょう)はあるかもしれませんが、面白いなと私は思いました。
私も一人暮らしをしていた若い頃、家の鍵は閉めたかな、電熱器や、ガスの火は切ったかなと毎日のように心配をしていた気がします。
今でも、ガス、トイレの照明などの点検には指さしの様なことをすることもあります。
皆さんも、心配症に関して面白いエピソードがあるのではないでしょうか?
今日も、投稿、ありがとうございました。
も〜さん、そうですか?
気温が高くないとシーブリーズの効き目(清涼感)がないですか。
やっぱり。 物事は経験をしてみないと判らいものですね。
ところでシーブリースの有効期間は何時までですか?
ぴろきさん、投稿ありがとうございました。
そうです、「明るく陽気に」 これが一番です。
そう気付いて、正解だと思います、私は。 心の方向性として。
私もこれからは「嬉しい楽しいアッハッハ」と、声に出して言おうと思っています。 心を明るい方に向ける為に。
私の団地の周りは時々、車の往来が途切れ、野中の一軒家のような夜のしじまが訪れます。
何かしら心が引き締まり、一句でもひねり出そうかなんて思ってしまいます。
とはいっても、学のない私には無理な話。
才がないって、ちょっと悲しいことかも。
明日も素晴らしい一日が訪れますように。
みなさまに、今夜の深い眠りと、爽やかな目覚めがありますように。